40年ぶりインフレの猛威、食品高騰の救世主はもやし-582品目のデータ分析

斎藤康史吉田昂

朝の1杯のコーヒーがぜいたく品になり、コメが取り合いになるーー。日本の消費者が40年近くほとんど経験してこなかった「インフレのある日常」だ。世界でもまれな勢いで高騰する食品価格は、安い食材を求める消費行動にとどまらず、教育といった将来への投資にも変化を及ぼしかねない。

393品目で1割以上値上がり

8日に投開票を控える衆院選で、与野党は食品の消費減税を公約に掲げた。政局をも動かすインフレはどこで起き、どのような影響が起きているのか。ブルームバーグは、物価の動きを測る物差しとされる消費者物価指数(CPI)を分析した。

582品目の分析からは、物価高が生活の隅々まで行き渡り、少しでも安い「もやし」に活路を見いだすような消費者の姿が浮かび上がった。

天候不順により主要な産地で不作が続いたコーヒー豆はここ5年で2.5倍、訪日客増を受けた宿泊料は1.7倍となり、ロードサービス料(1.7倍)や洗濯用洗剤(1.6倍)なども価格が上昇した。2020年時点に比べ1割以上値上がりしていたのは、昨年12月時点で393品目に上る。

価格上昇率が大きい品目を上から順に並べると、コーヒー豆やコメの価格が群を抜いて高まったことが見て取れる。円が大きいほど、総合値に加味される割合(ウエート)が大きい。うるち米の「A」はコシヒカリ、「B」はそれ以外の品種を指す。

2020年以来の価格変化、582品目

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平均の価格変化は13%
-80%-60%-40%-20%0%+20%+40%+60%+80%+100%+120%+140%高等学校授業料(公立)通信料(携帯電話)高等学校授業料(私立)ビール持ち家の帰属家賃アイスクリームもやし冷凍ギョーザ電気代ガソリンヨーグルトあんパン鶏肉からあげ食パン豚肉(国産品)りんご食用油マヨネーズ宿泊料外国パック旅行果実ジュースチョコレートうるち米Bコーヒー豆30010消費者物価指数内 ウエートコーヒーは 2.5倍でトップコメは5年で 2倍以上にカカオ高騰で チョコレートも値上がり宿泊料は インバウンドで 1.7倍にマヨネーズや 油脂類も高騰した高校授業料は 無償化の影響で 大幅減携帯通信費は 政策変更で 半額近くに

出典: 総務省統計局

注釈: 持ち家の帰属家賃=持ち家の住宅を借家とみなした場合に支払われるであろう家賃

在庫拡充で倉庫に改装

横浜市のスーパー「セルシオ和田町店」の鶴田英明店長は、店の商品が平均で3割値上がりしたと語る。特売日の問い合わせが増えているという。より低価格のブランドを大量発注してコストを削減しており、保管のために事務室と応接室は倉庫へと様変わりした。

1月、買い物に訪れた主婦の石川るみ子さん(76)は「健康のために食生活に気をつけている。バランスよく栄養を取るためには高くても仕方ない」と話した。

企業への負担も大きい。原料となる卵の高騰を受けて、キユーピーは23年と25年に家庭用マヨネーズの価格を引き上げた。マーケティングを担当する中島健執行役員は「企業努力で吸収できる範囲を大きく超えている」と述べた。

食品は21年から押し上げ要因

デフレに慣れきった日本だったが、紛争や気候変動などで、インフレの濁流に放り込まれた。CPI全体を示す「総合指数」は22年4月以降、前年同月比でおおむね3%前後の伸びを維持している。これほどの水準で長くインフレが続くのは、バブル崩壊前後の1989-92年以来だ。

CPI: 食品や衣料品、教育、通信サービスなど家計に関わるさまざまな価格の動きを示す。「経済の体温計」とも呼ばれ、日本銀行の金融政策において重要な判断材料になるほか、株式市場などにも影響を与える。

新型コロナウイルスによる停滞から経済が動き始めた2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻。日本がほぼ全量を輸入に頼る原油や天然ガスの価格が跳ね上がり、円安が追い打ちをかけた。エネルギー高は物流や製造を通じて、あらゆるモノの価格に波及した。

物価上昇への寄与度をカテゴリーごとに比較した。食品分野は21年中ごろから押し上げ要因に転じていた。

食品が物価高のけん引役

消費者物価と項目ごとの寄与度、前年比

出典: 総務省統計局

政府も手をこまぬいていたわけではない。23年には電気・都市ガス料金の負担軽減策を始め、光熱・水道が押し下げ要因となった。21年に交通・通信が下がったのは、菅義偉政権(当時)が通信料の高さを問題視し、各社が格安プランを出したためだ。

コメ値上げに打ち手少なく

では、食品分野の中ではどの品目の値動きが顕著だったのだろうか。さらに細かく見てみると、24年以降、コメが物価高騰に大きく寄与していたことがわかる。

発端は、24年8月に発出された南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)に伴う買いだめだった。23年の猛暑の影響で品薄だったことも相まって価格が高騰した。一時的な需給ひっ迫にとどまらず、価格は1年超高止まる。生活に欠かせないコメは、高くても買い控えにつながりづらいことが浮き彫りになった。

野菜や海藻は季節性があるが、コメの高騰と同じ時期に押し上げ効果が拡大していた。それに比べれば、魚介類や肉類の寄与度は限定的だった。

米の値上がりが食品全体を押し上げた

食品類別の寄与度、前年比

出典: 総務省統計局

コメの値上がりに対して、消費者の打ち手は少ない。物価や家計支出に詳しい一橋大学の阿部修人教授はパンや麺類、弁当などへの代替が進んだか調査したが、影響は極めて小さく、「コメ価格の上昇はほぼ直接家計を圧迫した」と説明する。

農産物の貿易政策を専門とする明治大学の作山巧教授は、「おなかを満たすためにはハンバーガーよりも茶わん一杯のコメの方が依然として安い」と指摘する。コストパフォーマンスの良さから、特に低所得層では家計が圧迫されるとコメの需要が高まる傾向があるという。

備蓄米の放出や昨年の豊作で、現在では余剰が見込まれている。いまだ高止まっているのは集荷業者が高い仕入価格で調達したものが出回っているからだ。作山氏は今後の暴落を懸念する。生産者の稼ぎを考えれば、高騰前よりも高い水準で落ち着くのが好ましいとしている。

もやし、値上がりでも購入増

食料品の高騰が家計を圧迫する中、データからは消費者が、どうにかやりくりする様子も浮かび上がる。

CPIの価格指数と家計調査の購入数量を比べられると判断した約140品目・グループについて調べると、生鮮の野菜や果物、魚介では価格が上昇すると購入数量が減少する逆相関の傾向が強いことがわかる。例えば、水揚げ量が減って高騰するホタテの価格指数と購入数量は正反対の動きを示している。その中で、価格上昇と購入増が同時に起きていた食品があった。もやしだ。

救世主はもやし?

家計調査における品目の購入数量と価格、前年同月比

出典: 総務省統計局

もやしは21年秋から価格が前年同月を上回り続けている。昨年12月時点では2020年比で約15%高い。24年秋ごろから販売数量が急増した。

もやし生産者協会によると、需給はキャベツの価格に大きく影響されるという。キャベツは天候不順の影響で24年後半に急騰し、一時は平年の3倍を超えた。もやしは高くなったとはいえスーパーでは1袋あたり100円を切る。白菜やレタスも同じ時期に高騰しており、もやしが葉物野菜に代わる家計の救世主となったといえる。

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もやしは高くなったとはいえスーパーでは1袋あたり100円を切る(横浜市のスーパー「セルシオ」、1月15日) Photographer: Akio Kon/Bloomberg

教育格差も

家計の各分野への支出について年収別で分析した。支出割合を点で表すと、年ごとのばらつきが大きいため推移がわかりづらい。そこで次のチャートでは傾向線を引いてトレンドを読む。

食費が支出に占める割合はこの15年間、全ての収入層で増えていることが分かる。収入が少ない世帯では昨今の価格高騰でついに3割を超えた。

一方教育費の割合に注目すると、高収入世帯(赤いライン)のみ増加基調にあることが見て取れる。

食費負担感が増す中、高収入層だけが教育費を引き上げている

消費全体に対する支出割合、世帯年収区分別

出典: 総務省統計局

注釈: 2人以上世帯対象、年収区分は2025年11月の値。2025年は1-11月の平均値

急激なインフレが起きたここ数年、教育支出の割合はどの収入層も横ばいに近づいたように見える。ただ、教育格差の拡大は今後も広がる可能性をはらんでいる。

政府は経済状況に関わらず進学機会が得られるよう、支援を拡大してきた。高校無償化の取り組みは25年度から26年度にかけて強化される。一方、難関校を目指す受験対策など学外の教育環境の拡充には、依然として多額の費用がかかる。

少子化が進んでも中学受験者数は高止まりするなど競争環境は激しくなっている。インフレが家計を圧迫し続ければ、収入が少ない世帯ほど教育など将来への投資余力が削られる傾向が加速しかねない。

G7で突出

インフレに消費者が苦しむ国は少なくないが、日本の状況は他国とも異なる。主要7カ国(G7)で比較すると、これほど長期間にわたり食品インフレが続く国は日本のみだ。欧米では対照的に、家賃や外食などのサービス価格がインフレに与える影響が大きい。

野村証券の森田京平チーフエコノミストによれば、日本でもサービス価格は伸びている。ただ、それとは不釣り合いにモノの値段が高まっている点に違いがある。米国などでは為替や天候不順で食品が軒並み高騰するような事例は少ないという。

日本企業は賃上げに積極的で、上がった賃金が消費につながるのが景気の良い状態だ。しかし、賃金の伸びは物価上昇のペースに追いついておらず、実質的には賃金が減る状況が続く。このため森田氏は今のインフレが「身の丈に合っていない」と指摘する。

日本の食品インフレは長引いている

食料品物価、G7、前年同期比

出典: ブルームバーグ

Note: 日本のみアルコールを含む。季節調整前値

変わる消費者マインド

日本は過去のインフレとも異なる状況にある。「今回のように内在的に価格が上がり続ける局面は非常に珍しい」と話すのは、インフレに関する研究で知られる東京大学の渡辺努名誉教授だ。

渡辺氏によれば、23年ごろからのインフレは物価と賃金がともに上昇しながら進行してきた。また、24年に始まったコメの高騰は国内要因だ。これらの点で、海外から波及して一過性で終わってきた従来のケースとは異なっている。

日本の消費者は値上げに対する拒絶反応が強かったが、近年続く物価高はこうした心理に変化をもたらしていると渡辺氏は指摘した。内閣府の消費動向調査によれば、22年ごろから、1年後の物価について「上昇する」と答えた人が9割を超え続けている。

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スーパー「セルシオ」鶴田英明店長は、店の商品が平均で3割値上がりしたと語った (横浜市、1月15日) Photographer: Akio Kon/Bloomberg

日頃から目にする食料品価格はインフレの実感を高めやすく、今後も値上がりが続くという予想にも影響する。「価格は上がるものだ」と受け止めて値上げに耐える一方、賃上げによって購買力を維持しようとする意識は広がりつつある。

企業にとっては、付加価値の高い商品をより高価格で売り出しやすくなった。安値競争に巻き込まれない価格決定力を維持できるか。そのためには生産性やイノベーションの向上が欠かせない。ようやく動き始めた物価が、企業活動にも変化を促していると渡辺氏は指摘する。

日銀は1月の「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、生鮮食品を除くCPIはコメなど食料品価格の上昇が衰え、政府の経済対策も加わって26年前半に2%を下回る水準までプラス幅を縮小すると予測した。一方、関税が企業収益に与える影響が長引き、企業がコスト削減を重視することで賃金上昇が抑制される可能性をリスクに挙げた。

物価と賃金が作用し合い、双方が緩やかに上昇していく好循環をいかに維持できるかが日本経済の課題となっている。