AI時代の「命綱」海底ケーブル巡る新冷戦—米中競争にテック、そして日本

中国主導のPEACEはアフリカ経由、SEA-ME-WE-6は米国が支援。日本にとっても絵空事でない-安全保障に直結する戦略分野と経産省

Philip HeijmansYian LeeChristopher UdemansAdrian Leung

2月のある夜、台湾南西沖でトーゴ船籍の貨物船「Hong Tai 58」が立入禁止区域に侵入し、いかりを下ろした。錨鎖は2日余りにわたり海底で引きずられ、海底ケーブルが損傷。台湾本島と近隣諸島との通信が途絶えた。

台湾海巡署(海上保安庁に相当)は2月25日、台湾近海でトーゴ船籍の貨物船「Hong Tai 58」を調査した。出典:台湾海巡署/アナドル通信

この事件では中国人船長が前例のない実刑判決を受けたが、決して特異な事例ではない。台湾によれば、年間7-8件の海底ケーブル損傷が発生しており、大半が「中国に関係している」という。これに対し、中国側は事故だと主張。いずれにせよ、すでに緊張している中台関係にさらなる圧力が加わっている。

海底ケーブルの保護は極めて困難だ。この問題は台湾海峡のみならず世界中に広がっており、米中対立が激化する中、喫緊の課題として急浮上している。人工知能(AI)の処理や軍事的連携、1日10兆ドル(約1500兆円)に上る金融取引を含む、ほぼ全ての世界的なインターネット通信が海底ケーブルに依存している。この海底ケーブルが敷説されたのは「協調」の時代に向けてであって、「対立」ではなかった。

台湾側はパトロールを強化し、破壊工作には厳罰で臨んでいる。関係者によると、台湾はロシアの脅威を監視する潜水ロボットなど、スパイ小説のような技術を導入している欧州諸国の専門知識を非公式に取り入れているという。

それでも容易に実行に移せる解決策はない。各国・地域の対応が「数年どころか数十年も遅れている」と語るのは、英海軍の退役准将、ジョン・エイトケン氏だ。

地球から月まで2往復できるほどの長さを持つ海底ケーブルを巡り、米中はその保護だけでなく、支配権についても競い合っている。米国は自国のネットワークから中国を排除しようとしている一方、中国は独自の「デジタル・シルクロード」を拡大している。

シンガポールなど一部の国々は中立的な立場をとった上で、データ需要の高まりから利益を得ようとしている。本記事で紹介する2本の主要海底ケーブルは、こうした地政学的な綱引きを象徴する存在だ。

一つは、かつて中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)傘下だった華海通信技術(HMNテクノロジーズ)が建設し、2024年に全線開通した「PEACE」。もう一つは米国のサブコムが建設中で26年初頭に開通予定の「SEA-ME-WE‑6」だ。

いずれも蛇行しながら欧州へと延びているが、その経路の違いが支援国の戦略的意図を浮き彫りにしている。

中国主導のPEACEは、インドなどの競合地域を迂回うかいしつつアフリカを経由している。所有しているのは中国を拠点とする亨通集団の子会社だ。

一方、米国が支援するSEA-ME-WE‑6はインドや一部の湾岸諸国とつながっており、16の通信事業者によるコンソーシアムが所有している。

海底ケーブルは国際的なインターネット通信の99%を担っており、その安全確保は最優先課題といえる。

​​今年、PEACEがスエズ湾付近で不可解な断線を起こし、アジア、東アフリカ、欧州間の通信に3週間にわたって支障が起きた。

世界の海底ケーブルの製造・敷設は、実質的に中国の華海通信技術、米国のサブコム、フランスのアルカテル・サブマリン・ネットワークス、日本のNECの4社が担っている。

かつて海底ケーブルへの投資は、米中企業を含む複数の通信会社がリスクと利益を分担するコンソーシアム方式が主流だった。しかし現在、それは分裂しつつある。

メタ・プラットフォームズやグーグル、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムといった米国の巨大テック企業が、現在では世界中の海底ケーブル容量の70%超を占めるに至っている。10年前は10%未満だった。

こうした企業は中間業者を排除し、自社のネットワーク構築に乗り出している。例えばメタは、全長5万キロと世界最長の海底ケーブル「Project Waterworth」の製造・敷設を進めている。

そのメタやTMテクノロジー・サービシズなどと、大手通信会社ソフトバンクは9月、日本とシンガポールを結ぶ国際海底ケーブル「Candle(キャンドル)」の建設で合意。日本、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシアとシンガポールを結ぶ総延長約8000キロの光海底ケーブルで、2028年の運用開始を予定している。

世界初の海底ケーブルは1850年代に英仏間で初めて敷設され、1860年代には大西洋横断ケーブルが完成した。当時は簡単なメッセージでも解読に数時間を要したが、それでもこれらの海底ケーブルは大陸間通信の時代を切り開いた。

現在の海底ケーブルは当時から様変わりし、今やChatGPTのようなツールも、この超高速接続の通信網なしには成立せず、新たなケーブルへの投資の波を加速させている。

投資額は莫大ばくだいだ。AI需要の高まりを背景に、ケーブルシステムへの投資は2023年の9億ドルから28年には154億ドルに急増する見込み。ケーブルが陸地につながれる地点(陸揚げ拠点)には、デジタル容量の管理・提供に必要なデータセンターへの投資も行われ、経済効果が増幅する。

中国は資金援助や安価な入札を通じ、中国が主導するケーブルの導入を一部の国に促している。華海通信技術などは競合より2-3割安くケーブルを敷設することが可能だ。一方、米国は資金面でのインセンティブに加え、外交的な圧力により、ベトナムなど戦略的に重要な国に対し、中国インフラへの依存を思いとどまらせようとしている。

中国の華海通信技術が南シナ海に新たなケーブル3本の敷設を計画

出典:テレジオグラフィー

米国主導のSEA-ME-WE-6を所有するコンソーシアムが2021年に6億ドルのネットワーク構築で入札を実施した際には、米政府機関が国家安全保障上の理由から、華海通信技術ではなくサブコムを選んだ通信事業者に対して助成金を提示したと報じられている 。米通信規制当局は8月、海底ケーブルを守るために新たな規則を承認。特定の中国製機器を排除したほか、安全保障上の懸念がある海外企業の関与を制限した。

ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のアナリスト、マシュー・ブロクサム氏は「この争いは、世界経済の他の分野で見られるものとほぼ同様だ。米中はどちらにも明確に属していない国・地域への影響力を競っている」と指摘する。

各国政府が懸念するのは、戦略的な対立だけではない。世界中のネットワークの大部分は無防備で、特定の国家のみで管理できないのが実情だ。物理的にアクセス可能である以上、年間約200件発生している事故のみならず、スパイ活動や破壊工作、通信妨害のリスクを抱える。現時点で不正行為の明確な証拠はほとんどないものの、ケーブルシステムの規模と脆弱ぜいじゃく性を踏まえ、各国・地域は安全対策に奔走している。

米仏と並び世界の海底ケーブル製造国の一角を占める日本にとっても、断線・侵入事案は「絵空事」ではない。デジタル経済の成長を支える海底ケーブルを守ることは、日本の技術的自律性と国際競争力を左右する急務と言える。経済産業省が今年5月に再改訂した「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」においても、海底ケーブルは「将来の自律性・不可欠性を支えると同時に、安全保障にお直結する戦略分野」の一つと位置づけられている。

海上安全保障上のリスクを検知するAIプラットフォーム、スターボード・マリタイム・インテリジェンスのトレント・フルチャーCEOは、9月下旬にシンガポールで開かれた業界会議で、台湾やバルト3国の近海で発生した事例を挙げ、脅威は「紛れもなく現実のものだと」と警告。「公表されているものもあれば、公表されていないものもある」と明かした。

海底通信ケーブルの内部構造

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出典:テレジオグラフィー
備考:海底ケーブルはさまざまな海洋環境に応じて設計が異なる

海底ケーブルにとって最も脆弱なポイントは陸揚げ拠点や浅海域だ。「Hong Tai 58」によるケーブル損傷は、このようなエリアでの警備の難しさを浮き彫りにした。台湾のデジタル発展部(デジタル発展省)はブルームバーグ・ニュースに対し、証拠収集や法執行の困難さを指摘。漁業における事故などを装って「グレーゾーン作戦(戦争には至らないが海底ケーブルなど脆弱なポイントを狙った威圧行為)」が実行される可能性があると述べた。

欧州や紅海でも同様の事例が相次ぎ、懸念が広がっている。2024年12月、ロシアのウスチ・ルーガ港を出港した船が、フィンランド湾を90キロにわたっていかりを引きずり、通信および電力ケーブル5本を切断。被害額は少なくとも6000万ユーロ(約105億円)に上った。2023年には、ロシアのメドベージェフ前大統領が通信アプリ「テレグラム」で、22年に発生した海底ガスパイプライン「ノルドストリーム」の損傷に欧米諸国が関与していた場合、ロシアは「道徳的な制約すらなく」敵国の海底ケーブルを破壊すると警告した。

海底ケーブルの修理方法

出典:KDDIケーブルシップ株式会社

欧州は新たな技術への投資で対応している。北大西洋条約機構(NATO)高官が内部情報として匿名を条件に語ったところによると、NATOはAIを導入し、バルト海での脅威追跡に向けたイニシアチブ「Task Force X」の一環として、約50機のドローン(無人機)を展開。北海にも同様のプログラム導入を検討しているという。また、損傷したケーブルを3Dプリンターで修復できる潜水ロボットを製造する企業にも資金を投じている。

中国も監視体制に多額の資金を投じている。2015年には、中国船舶集団が南シナ海に「水中の万里の長城」と呼ばれる海底センサー網を構築すると発表。この海域では、中国政府が海外企業による新たなケーブル敷設を制限している。

ケーブルの保護は民間の防衛企業に商機を提供している。米海洋防衛企業セイルドローンのリチャード・ジェンキンスCEOによれば、各国の海軍や沿岸警備隊には海底ケーブルの保護に必要な人員が足りていないという。「これが、海洋をどう守るかという巨大な空白を生んでいる」と話す

ケーブル損傷の原因

世界の海底ケーブルシステムでは平均して年間およそ200件の損傷が発生している

出典:国際ケーブル保護委員会

新たなケーブルネットワークのビジネスモデルも変化している。かつて主導的な役割を担っていたアルカテル・サブマリン・ネットワークスやNECなどは、米テック大手の台頭によって存在感が薄れつつある。メタ、グーグル、マイクロソフト、アマゾンは自社の海底ケーブルに資金を投じており、自社のクラウドやデータ集約型サービス向けに、帯域の確保や長期的なコスト削減、世界的に安定した接続の確保を図っている。

例えば、アマゾンは「CAP-1」などのプロジェクトを通じてケーブル容量を拡大。グーグルも昨年、日本とのデジタル接続強化に向け10億ドルの投資を発表し、その中には海底ケーブルも含まれている。こうした中、インターネットにとって最大の脅威は破壊行為ではなく、デジタル容量の「不足」だと指摘する声もある。

メタのネットワーク投資グローバル責任者、アレックス・ハンドラ・アイム氏は「真のリスクは破壊工作ではなく、容量不足だ。成長著しい地域や国々を結ぶ新たなコリドー(回廊)を作り、AI時代に見合う容量を確保する必要がある」と語った。

業界リポートによると、AIによる需要拡大を背景に、海底ケーブルの総延長は2040年までに48%増加すると見込まれている。一方、巨大テック企業が支配する新たな構造が、別の脆弱性を生むのではないかという懸念もある。

Installation of the SEA-ME-WE 5 submarine cable in La Seyne-sur-Mer, France, in March 2016

フランスのラ・セーヌ・シュル・メールで行われた海底ケーブル「SEA-ME-WE 5」敷設作業 Photographer: Boris Horvat/AFP/Getty Images

オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)は、機密性の高い内容を含むデータがごく少数の組織によって集中管理されることに警鐘を鳴らしている。「こうしたデジタル供給網の依存リスクに加え、『ハイパースケーラー』と呼ばれる大規模データセンター運営事業者が複数層のインターネットサービスで支配的地位に立つことは、単一障害点(SPOF、障害が発生するとシステム全体が停止してしまう箇所)を生むリスクを高める」と警告する

イーロン・マスク氏のスターリンクをはじめとする衛星ネットワークも急成長しており、内陸国やケーブルネットワークが届かない地域との通信を支えている。仮に海底ケーブルが機能しなくなった場合のバックアップとなるが、完全な代替には程遠い。

前出のエイトケン氏は、現代経済を支える重要インフラを守ることに関しては、どんな努力も小さすぎることはないと指摘。「第2次世界大戦では、道路や橋を徹底的に破壊した。次の戦争では、海底ケーブルが標的となっても不思議ではない」と語った。

原題:Two Cables and the Hidden Subsea Battle Between US and China (1)(抜粋)

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